ある匿名男性
「ベストな計画を立てるためには、人々の愚かな過ちから学ぶ態度が必要だ。」※1
古代の哲学者が語った格言です。私が伝えたいことをこの格言が端的に表しています。痛い過去の失敗から私が学んだ、恋愛に関するレッスンをご紹介します。私が長年メモに書きとめてきた、恋愛・セックスに関する10箇条の教訓です。
大学生の頃、セックスしたあと「愛の副作用」と呼ばれる感情に、よく襲われたものです。彼女とセックスした直後は、いつも決まって空虚さを感じたのです。テレビドラマや映画では出てこない光景です。セックスのあと、むなしさ、後悔…、こういう感情になるのです。
この「愛の副作用」。私には不思議に感じました。大学時代の私にとって、セックスは「神」のような存在でした。男は皆、セックスについて四六時中考えるものです。セックスは、性欲を満足させ、極上の喜びをもたらすものと考えていました。しかし実際、セックスしても、想像していた満足は得られません。
このような「愛の副作用」を経験したことがありますか。ぜひ皆さんも、考えてほしいのです。「なぜセックスは、そんなに大切なのか。」「なぜセックスしたあとに、むなしさを感じるのか。」
実際にセックスで心を満たそうとしても、満足しません。セックスのあとに感じる、あのむなしさに、私は困惑していました。たとえば、前からずっと欲しかった車が手に入ったとします。でも車を手にした興奮はすぐに冷めてしまいます。この車のここが足りない。この車は、自分が本当に欲しかった車ではないのではないか。あの別の車種こそ、本当に満足する車に違いない。こう考えるのです。
「もっと気持ち良いセックスするために、相性が合う女の子を探す必要がある。」でもいくらパートナーを変えても、虚しさは変わりません。結局、セックスは期待はずれだったと、私は結論づけたのです。
恋人同士の愛の絶頂のように描かれたセックス像は、誇大広告に過ぎません。映画のようなカッコいい理想像ではないのです。もし映画のように、恋人たちの愛の最高峰がセックスならば、セックスをして十分に満足できたはずです。「むなしさ」を感じるはずはないのです。
私は、女性がどのような気持ちでセックスに応じるのか、全然わかっていませんでした。女性のもつセックスへの見方は、男性の本音とはまったく違います。女性は実際にはセックスをしたいと願っていなくても「だって彼のことを愛しているから…」と自己正当化して、男性の求めに応じるのです。
なぜ女性はこう行動するのでしょう。よくこう言われます。「女性はセックスをすることで愛を獲得し、男性は愛を利用してセックスをする。」
女性は、将来この男性と結婚したいと夢見ています。一方男性は、今彼女とセックスして、後で友だちに自慢することを考えます。女性は心の中で「今、セックスしたのは正しかった」と自分に言い聞かせます。男性は逆で「俺はセックスしたかったんだ」と心の中で叫び、喜びに浸ります。
なぜ、男性はこう考えるのでしょう。もちろん、セックスの肉体的な気持ち良さもあります。しかし別な理由があるようです。セックスをして、自分が真の「男」になったと感じるのです。しかし女性の善意を欺き、自分は「男らしい」と感じるのは、皮肉としか言えません。
私は多くの失敗を重ねました。失敗の中で私が発見したのは、女性を大切にすることは、自分を大切にすることにつながるということでした。それはどういう意味でしょう。
女性を単に性欲を満たす対象のように扱うと、いつか後悔するときがきます。その後悔は、セックスで快感を得る瞬間よりも、断然長期間、あなたを苦しめます。映画「ロブ・ロイ。ロマンに生きた男」の主人公はこう語りました。「栄誉は、男が自分に与えるご褒美だ。」
男性の皆さん、あなたは女性を大切にしているでしょうか。あなたが人から尊重され、評価されることを望んでいるように、彼女を大切に扱っているでしょうか。女性も男性に尊重されたいと切に願っています。女性の気持ちを大切にすることは、あなたが尊重され、栄誉を受けることにつながります。もはや女性関係で、後悔することもなくなります。
結局、かつて私と交際した女性たちは、別の男性と結婚しました。私が夫の立場なら、交際中に私が彼女たちとしたことを、絶対にやってほしくなかったと思うはずです。私が夫だったら、パンチをくらわせたいほどです。
私が結婚するとき、元カレが妻にしたことを聞いたら、怒りを覚えるはずです。たとえ別れたとしても、他の男が妻にした行為を聞いて、うれしいはずがありません。今独身の方でも、今の彼女と元カレの関係を聞いたら、我慢できないはずです。
今付き合う彼女が自分の娘だったら、どうでしょう。または自分の姉妹だったらどうでしょう。私のようなどこの馬の骨かわからない男が、娘を、自分の家族を、好き勝手に扱ったと聞いたら、どう感じますか。
こう考えると、私の女性への接し方が変わりました。今付き合う彼女は、将来別の男性の妻になるかもしれません。だれかの娘さんであり、姉妹なのです。本当に大切にするべき存在なのです。
絵に描いたような理想の彼女が、私にいたとします。彼女と一緒にいたら、当然退屈することもありません。すっかり意気投合しました。しばらくして、私から誘ってセックスする関係になりました。
セックスが、ふたりの関係のフォーカスになります。すると彼女を別の側面から知ろうとしなくなります。関係が深まるどころか、むしろふたりは次第に遠ざかっていきます。セックスが人間関係を壊すのです。
人は人との関係を深めるために、さまざまなレベルのつながりが必要です。感情的に、精神的に、または肉体的に、霊的につながる必要があります。しかし付き合うふたりが、肉体だけでつながると、他の側面をふっ飛ばしてしまうのです。結果として、関係全般が悪化します。もしセックスするのを待っていたら、まだ続いていたという恋愛関係がいくつもあります。私自身も、私の周囲でも、多くのカップルが同じことを体験しています。
私の経験では、セックスをして2つのことが起こりました。振り返ると、毎回まったく同じことが起こりました。
①彼女への配慮がなくなりました。
②彼女も私を信頼できなくなりました。
お互いに意図せずに、自然とこのように行動するようになったのです。
なぜこのような変化が起こったのでしょう。互いに意識せず、不思議とふたりの関係にこの変化が起こったのです。こうなるべき「システム」が人の中にセットされているようにすら感じました。この変化は私だけに起こったわけではありません。しかも何度も繰り返し、同じ現象が起こっているのです。また多くの夫婦で、結婚前にセックスをしたことが原因で、結婚後に夫婦関係に問題が起こったことを、よく聞きます。夫婦関係でもお互いのことを尊敬できず、信頼できなくなります。尊敬と信頼は、健全な結婚生活に欠かすことのできないものです。
私は、新婚だけども、月に一回しかセックスをしない夫婦を知っています。セックスレスになった原因は、夫が妻のことを大切にできず、妻も夫に信頼できなくなったからです。妻は夫とセックスしたくありません。
とても悲しいことですが、実は今、セックスレスの夫婦が増えています。事が夫婦のプライベートな内容なので、人前であまりその話題を話さないだけです。現実は、結婚前のセックスでふたりの関係は変化します。しかしだれもそれを認めたくはありません。
映画やドラマでは、結婚前のセックスを極端に美化して表現します。しかしその背後には、ふたりの間の深刻な感情面での変化があるのです。
なぜ結婚までセックスを待つと、夫婦関係は良くなるのでしょう。結婚したとき、夫は妻を尊重し、妻は夫に信頼を置けるからです。ひとつ私が学んだことは、女性が男性に信頼できなければ、女性は自分の身体を完全にゆだねることはできないということです。もちろん、ふたりでセックスを楽しむこともできません。
「女性はセックスをして愛を獲得し、男性は愛を利用してセックスを勝ち取る」。この言葉を覚えているでしょうか。
あるカップルが結婚前にセックスをします。女性はその男性との関係をつなぎとめたくて、セックスに応じます。男性は結婚前、ふたりの関係そのものよりも、セックスを求めていました。
そしてふたりは結婚しました。女性は夢にまで見た結婚を手にしました。今や妻にとっては、夫とセックスして、夫との関係をつなぎとめる必要はありません。むしろ妻は、夫が結婚前からセックスを求めてきたことに、怒りを感じていたのです。結婚後、妻はもはや夫とのセックスに興味がなくなります。
夫にとっても結婚後、妻をそれほど大切には思えません。セックスならば、結婚前からずっと行ってきたからです。結婚したからと言って、セックスが特段、新鮮なものではありません。雑なセックスでも、夫は満足します。しかし妻には、大切にされているという感覚が必要です。夫は日常生活でセックスを求めます。しかし夫の求めは、妻が期待する夫婦関係を結びつける、愛を感じるセックスではないのです。
これは特殊なケースではありません。大学を卒業し、周りの友だちは結婚しました。彼らからよく、このような夫婦の葛藤を聞いています。
この問題の処方箋はやはり、結婚までセックスを待つことです。結婚まで待った夫婦は、夫が妻を最大限に尊重しています。妻も夫に深い尊敬の心を持っています。夫婦は互いに信頼して、愛し合っています。結婚後、ふたりでセックスを楽しんでいるようです。
セックスは神秘的です。セックスは人と人とを深い絆で結ばせます。気楽な気持ちでセックスをしたとしても、「絆」が結ばれます。結婚前に多く異性と「絆」が結ばれると、将来あなたが結婚したあと、夫婦間の結びつきが希薄になります。
ちょうどそれは、セロハンテープのようなものです。何度もセロハンテープを貼っては、剥がし、再利用したとします。すると、だんだんテープはくっつかなくなります。何度も繰り返すと、まったくくっつかなくなるのです。
もし結婚前に多くの女性と「絆」を結んでしまうと、将来、結婚後に、妻との結びつきも十分ではなくなります。以前付き合った元カノを大切にしたほどには、将来の妻を大切に扱うことができなくなるのです。独身時代に、将来の妻のために純潔を保つならば、結婚後の関係はより良いものになります。
結婚後の不倫は、多くの非難を受けます。しかし結婚前のセックスには、日本社会は非常に寛容です。それも複数の相手とセックスを繰り返したとしても、あまり問題視されません。しかし時間軸を変えたら、結婚前でも別の女性とセックスをすることは、不倫と同じです。
結婚後の不倫は、夫婦関係に致命的な傷を残します。結婚前のセックスも同じです。結婚前のセックスは、将来の配偶者との結びつきに多大な傷を残すことになるのです。
セックスは、夫婦関係をバックアップするものです。しかしセックスが、結婚生活で一番重要なものとは言えないのです。セックスは、夫婦関係が順調なときに、さらに喜びが溢れるように彩りを与える役割です。夫婦関係が全般的に良いとき、セックスも良いものになります。
結婚前にセックスをして、身体の相性を確認する必要はありません。夫婦の関係が良ければ、セックスも良いものとなるからです。
仮にセックスの相性で結婚を決めるならば、結果は惨めです。毎回のセックスが、顕微鏡で見るように分析され、評価されるのです。むしろセックスがうまく行かなくなります。セックスに束縛されます。セックスが楽しみではなく、プレッシャーになります。
セックスにそこまで焦点を当てる必要はありません。デートで時間を共有して、さまざまな側面から相手を知ることの方が大切です。結婚後も、セックスを楽しめるようになります。毎回、最高のセックスをしなくてはという、変な緊張からも解放されます。
しかし自分の大学時代を考えると、若い皆さんに「セックスについて考えるな」と話しても、無理なことはよくわかっています。それこそ世界にセックスがある限りは、男性はいつもセックスについて考えるのです。
将来、幸せな夫婦関係を持つためにも、セックスは結婚まで待つのが賢明です。
そう聞くと、若い皆さんは「はっ。本当にセックス以上に楽しめるものがあるんですか⁉︎」と思うでしょう。確かに、セックス以上に価値あるものがあるのです。私もセックスにいろいろな葛藤を体験しました。しかし葛藤の過程で、セックスに勝るものを発見したのです。セックスに勝るもの、それは正確には「モノ」でありません。私にとって、セックスに勝る喜びとは、神だったからです。
ここで「神」と聞くと、何か場違いな存在に聞こえるかもしれません。しかし私には、理にかなっています。神が人を創造しました。人には、創造主である神を知ることでしか味わえない満足があるのです。
神は人を、神を必要する存在として造りました。あなたにも神が必要なのです。フランスの哲学者であり、数学者のパスカルはこう語っています。「人の心の中には、神が造った空洞がある。その空洞は、創造者である神以外のものでは、埋めることができない。」
私たちは満足のいく仕事を求めて、転職します。心の満足を求めて、友だちを変え、新しいファッションを求めます。結婚相手ですら、変えようとします。それは心を満たす存在を探しているからです。
しかしこの世界の何者でも、あなたの心を真に満たすことはできません。結局は、すぐに欲求不満に陥るのです。一時的に心満たされても、今あるものを捨てて、他のだれか(何か)に心を移すのです。それは真の充足を求めているからです。
しかし神だけが、人の究極的な必要を満たすことができる存在なのです。神に出会わない限り、人は真の充足を得ることはできません。
神は私たちを愛しています。心の本当の充足を得てほしいと、神は私たちに願っているのです。神は、私たちの最善を願っています。それは何よりも、私たちが神を知ることです。何も神に勝るものはありません。
私自身も、神以外のものに、人生の満足を求めてきました。欲しかった商品を買っても、別の商品がほしくなります。理想の彼女がいても、さらに魅力的な女性を見つけて、恋の逃避行をする…。それでも、心にむなしさが残るのです。しかし神に出会い、イエスを信じたときに、心のむなしさがなくなりました。
イエスはこう語ります。「わたしがいのちのパンです。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」※2
このイエスのことばが、私の人生に実現しました。神との関係が始まったとき、私の心にある神の型をした空洞が満たされたのです。それ以降、むなしさを感じることがなくなりました。神に出会ったことで、セックス以上の深い満足を得ることができたのです。
私が最後にセックスをしてから、もう何年にもなります。私は結婚まで、セックスを待つべきでした。しかし私にはそれができませんでした。とても後悔しています。今では、以前付き合った女性とした行為を悔やんでいます。将来結婚したら、幸せで、安心できる家庭を築けるのでしょうか。
しかし神が、私が過去にした行為をゆるしてくれました。神との交わりの中で、将来の結婚への不安も、払拭できました。私は今も、神によって変えられている過程です。神はすでに、私の多くの部分を変えてくれました。
また神は、結婚までセックスを待つ力を与えています。もちろん、葛藤を感じるときもあります。しかし神は、葛藤に打ち勝つ力も与えてくれます。神にとって不可能はありません。より良い結婚ができるという私の確信が、年ごとに深まっています。また、神との関係も深まっています。男性として、この性的な生命線といえる重要分野で、神への信頼が強くなっているのです。
夫となり、良き父親になるために、まず自分自身の行動を変えると良いでしょう。最高の妻を探すことが、大切なのではありません。また子どもが良い子に育つことでもないのです。鍵はあなた自身です。あなたが変わることから、家庭が変わります。あなたが良い夫、良い父になる秘訣は、神との関係です。
セックスをデザインしたのは神です。夫婦愛や人間関係を設計したのも神です。神は、私たちが夫婦関係を楽しむために、セックスを創造したのです。神の本来のあるべき設計図に従うなら、セックスや夫婦関係を心から楽しむことができるのです。
神は道徳の教師ではありません。理由もなく「これは良い」「これはダメ」とは言いません。神が「ダメだ」と言うのは、「神がお前のボスだ」と主張するためではありません。例えば、セックスを結婚まで待つように神が言うのは、それがあなたにとってのベストだからです。今は同意できなくても、将来必ず、そう言えるようになります。神は、あなたを男性として最善に建て上げたいと願っています。神はあなたのベストを知り、将来、あなたの夫婦関係に最高の充足を与えるのです。
神が人となってこの地上に来たのが、イエス・キリストです。聖書は語ります。「ことばが人となって、私たちの間に住われた。私たちはこの方(神)の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。」※3
イエスが、神がどのような方かをこの地上で表したのです。この神との関係を、私たちはどのように始めることができるのでしょう。
神はあなたを愛しています。神は、あなたに神ご自身のことを知ってほしいと願っています。しかし問題があります。神と私たちを隔てる壁が、私たちの罪です。神の愛を知りながら、神を無視し、周りの人々を愛せないことが、ここで言う「罪」です。
しかし、イエス・キリストが、私たちの罪を代わりに背負い、十字架についたのです。イエスが身代わりにより、私たちの罪は完全にゆるされます。神は私たちをありのまま受け入れてくれるのです。
イエスは、最大限の犠牲を払いました。イエスは殴りつけられ、卑しめられました。イエスはムチ打たれました。そして私たちの身代わりに十字架で死んだのです。その3日後、イエスは死から復活しました。神は私たちに「このイエスを信じ、自分の人生にイエスを迎えるように」と呼びかけています。
イエス・キリストこそ、史上最も「男らしい」人物でもありました。イエスはあまり「男らしい」とは評価されませんが、確かにイエスほど男気がある人物はいません。イエスを信じるとき、だれよりも理想的な男性が、あなたとともに人生を歩むことになるのです。イエスはあなたを理想的な男性になるように助けます。ハリウッド版、ジャニーズ版の理想的男性とは違います。イエスはあなたを、人に仕える人生に変えてくれます。イエスは最高に充実した人生を、あなたに与えてくれます。
理想的な男性像とは、どのようなものでしょう。イエスは「オオカミ」のようではありません。「オオカミ」は自分のことしか考えません。むしろイエスは、羊飼いのような存在です。羊飼いは、羊たちが最高に生きられるように助ける存在です。イエスとの関係が深まると、人に仕える羊飼いの姿がどのようなものか、さらに明確になります。イエスは、女性に対する私たちの見方を変えてくれます。私たちの女性への接し方が変わってきます。
あなたも今、永遠に続くイエスとの関係を始めることができます。聖書はこう語ります。「神は、実に、そのひとり子(イエス)をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」※4
イエスを信じるとは、イエスに信頼するということです。イエスの十字架が自分のためだったと、あなたが信じるとき、永遠のいのちが与えられます。イエスとの関係が今、始まるのです。イエスは生涯、あなたとともに歩んでくれます。もしあなたがこう願うならば、次の祈りを祈ってみてください。
「神さま、私はあなたに罪を犯しました。私の罪をゆるすために、イエスさまが十字架で代わりに死に、よみがえったことを感謝します。今、あなたに信頼します。あなたを私の罪からの救い主、人生の導き手として受け入れます。どうぞ、あなたと親しく生きる者として、これからの人生を歩ませてください。アーメン。」
今、あなたがこう祈ったのであれば、イエスがあなたとともにいます。イエスが内側から、あなたを真の男性として変えてくれます。イエスにあって、幸せな家庭を築いてください。今の独身時代が、将来の結婚に向けての良き準備の期間となるように、お祈りします。
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脚注: (1) ローマ帝国の学者ガイニス・プリニウス・セクンドゥス(Pliny the Elder) AD.23-79が語ったとされる格言。「妙策とは、他人の愚行から利することがある。」(2) ヨハネ6:35 (3) ヨハネ1:14 (4) ヨハネ3:16