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神様は本当に祈りに答えてくださるの?

どういう祈りが答えられるの? あなたの祈りは答えられる?

心から神様を信頼している人 に出会ったことがありますか 。私がまだ神様を信じていなかった頃、一人の友達が毎週のように、神様に願っていることを私に話してくれたんです。そしていつも神様が特別な方法で彼女の祈りに答えてくださるのを目の当たりにしました。未信者の私はこんなことが毎週、毎週起こるのを見てどう理解していいか分かりませんでした。最初は偶然で済ませていたことも、しばらくするとそれだけでは説明がつかなくなってしまったんです。

なぜ、神様は彼女の祈りを聞いてくださったのでしょうか。最大の理由は、彼女が神様との個人的な関係を持っていたこと、そして神様の御心に従いたいという願いをいつも持っていて、実際神様に従っていたからだと思います。つまり、神様が人生の導き手であるということを認めて、心からその導きに従いたいと思っていたということなんです。だから色々な問題や、思い煩いについて祈る時、ためらうことなく神様のもとに来ることができたんだと思います。

聖書の中にこのような言葉があります。「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。」[<1]「主の目は義人の上に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる。」[<2] 彼女はまさにこの聖書の言葉を実践していたんですね。

障害

では神様はなぜ全ての人の祈りに答えてくださらないのでしょうか。それは、その人たちが神さまとの個人的な関係を持っていないからではないでしょうか。神の存在を認め、時には教会に行くことがあったとしても、もしその祈りが答えられないとしたら、その人は本当の意味で神との関係を持っていないということになります。つまり、神様からの完全な罪のゆるしを体験していないということなんです。そのことと、祈りが聞かれることに何の関係があるの、と言われるかもしれません。聖書にこう書かれています。「主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。あなたがたのとがが、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。」[<3]

神様から遠く離れていると感じるのはみな同じです。何かを神に願おうとするとき、どうしますか。「神様、助けてください。」と祈った後、こんな風につぶやいたりしませんか。「神様、私は欠けだらけであなたにこのことをお願いすることなんかできませんよね。」このときに自分自身の罪深さを実感します。もちろん神様もそのことをよくご存知です。だから、「こんなことお願いできるわけないよ。」という思いがよぎるわけです。こんなとき、知っていなければならないことは、どうすれば神様からの完全な罪の赦しが得られ、神様との個人的な関係を持つことができるかということなんです。このことが答えられる祈りの秘訣なんです。神様との関係、これが鍵です。

神様との関係?

たとえば、あなたが東京大学の学長に、車のローンのための保証人になってくれるようにお願いしたとします。結果はどうでしょうか。もちろん無理です。でも、もしその学長に娘がいたとして、その娘が同じことを頼んだとしたらどうでしょう。きっとその願いはかなえられるじゃないですか。そう、これが個人的関係を持つことの意味なんです。

神様との関係についても同じことが言えます。私たちが神の子であり、神の家族に属しているなら、神様は私たちの祈りに答えてくださるのです。
イエス・キリストはこう言われました。「私はよい牧者です。...私の羊は、私の声を聞き分けます。また私は彼らを知っています。そして彼らは私について来ます。私は彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、誰もわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。」[<4]

神様について考えてみるときに、あなたは本当の意味で神様を知っているといえますか。また神様はあなたのことをご存知でしょうか。神様があなたの祈りに確実に答えてくださるといえるほどの親しい関係を持っていますか。
もし神様を身近に感じることができなかったり、あるいは本当に神様との関係を持っているかどうか分からないなら、今すぐ、神様との親しい関係を始めるための方法がここに掲載されています。[神との個人的な関係を持つには]

神様は本当に祈りに答えてくださるのか?

しかし、もし神様との関係を持っていて、日々主に信頼して歩んでいるなら、イエス様はとても心強い言葉を語られました。
「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。」[<5] 主にとどまる、また主の言葉にとどまるとは、いつも主を認め、信頼し、主に聞き従うということです。そのときに、どんなことでも求めることができ、また受け取ることができます。「何事でも神の御心にかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願うことを神が聞いてくださると知れば、神に願ったそのことはすでにかなえられたと知るのです。」[<6] 神は御心のにそって(またその愛、知恵、聖さによって)私たちの願いをかなえてくださるのです。

ただ問題は、多くの場合私たちが神の御心をすでに理解していると思い込んでしまうことです。心の中で「これは御心に違いない。」と勝手に判断してしまいます。私たちは、限られた時間、情報の中に生きています。しかし、神は無限の中に存在しているので、今起こっている一つ一つの事柄を永遠の視野の中で見ることがおできになります。私たちのはるか理解を超えたところで、神様は完全な計画を持っておられるのです。ですから自分の判断で神の御心を限定してしまうことのないように注意しなければなりません。

神の御心

神様が私たちにしようとされていることを、ことまかに書き記すことは不可能です。
聖書を読むといたるところに、神が私たちとの間に望んでおられる関係について、またどのような人生を歩むことを望んでおられるのかについて、記されています。いくつか例を挙げてみましょう。
「それゆえ、主はあなたがたに恵もうと待っておられ、あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。主は正義の神であるからだ。幸いなことよ。主を待ち望むすべてのものは。」[<7]「神、その道は完全。...主はすべて彼に身を避けるものの盾。」[8]

でも神様の私たちに対する深い愛はここに記されています。イエス様は言われました。「人がその友のために命を捨てるという、これよりも大きな愛は誰も持っていません。」[10] これこそまさにイエス様が私たちになしてくださったことなのです。「私たちのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子と一緒にすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」[11]

祈りが答えられないのはなぜですか

病気や死、経済的必要、私たちの周りには問題だらけ。そんな中でどのように生きればよいのでしょうか。

聖書には、どんな状況にあろうとも、思い煩いを神にゆだねるように勧められています。「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。[12] この世の中がどんなにひどい状態になったとしても、神様は私たちを助けることがおできになります。神を知っていることのすばらしさがここにあります。「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝を持ってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願いごとを神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリストイエスにあって守ってくれます。」[13] いかなるときにも神様は思いもつかない方法で、私たちを助けてくださるのです。きっとクリスチャンであれば誰でもそのような体験を持っているはずです。たとえ問題解決の糸口がつかめないようなときでも、神様は私たちの心に平安を与えてくださいます。イエス様はこうおっしゃいました。「私は、あなたがたに平安を残します。私は、あなたがたに私の平安を与えます。私があなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは、心を騒がしてはなりません。恐れてはいけません。」[14]

困難な境遇の中にあるとき、聖書は「見えるところによってではなく、信仰によって歩みなさい。」と教えます。これは盲目的な信仰ということではありません。それは、神様の計り知れないすばらしさに信頼を置くことになるからです。たとえば、車でゴールデン・ゲートブリッジを渡ることを想定してみてください。、そのときあなたは、何に信頼を置いていますか。その橋のびくともしない頑丈な構造に信頼しているのではないでしょうか。渡る人がどういう人で、何を考えているかとか、どういう心境にあるかとかはまったく関係ないことなんです。

同じように神様も私たちが、愛であり、いつくしみ深く、知恵に富み、義であられる神様ご自身に信頼することを望んでおられるのです。主はこういわれました。「永遠の愛を持って、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。」[15]
「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は,われらの避け所である。」[16]

まとめ

神様は、その子供たち(キリストを心に迎え入れ、キリストに従いたいと願っている人々)の祈りを聞いてくださると約束してくださいました。そして、どんなことでも祈りを通して神に願い求めることを求めておられます。そのとき、神様は御心のままにその祈りに答えてくださるのです。困難な状況に出くわしたとき、その状況を神にゆだね、神様から平安をいただくことができます。私たちの信仰と希望は、神様の変わることのない、真実な御性質に信頼するときに与えられます。ですから、神様を深く知れば知るほど、さらに神様に信頼することができるようになるのです。

神がどういうお方かについてもっと知りたい方は、[神様ってどんな方?]あるいは、このサイトにある、他の記事をご参照ください。

マリリン・アダムソン著

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 イエス・キリストとの個人的な関係を持つには

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